今、世の中の閉塞感といったものがピークに達しているのではないかと感じています。
たとえばネット上に顕著ですが、どうでもいいことで「不謹慎だ」と大騒ぎしたり、何かミスを犯した人を一斉に叩いたり。世の中の風潮として、“自分には実害がないこと”で怒る人が増えているように思います。
また、私はビジネスパーソン向け講座を開催していますが、たとえばホウレンソウ(報告・連絡・相談)などの「コミュニケーション」を改善しても、組織そのものが疲弊していたり、ノルマノルマで社員が消耗していたり、現場自体に問題があるということを目の当たりにしていて。
さらに、子どもへの虐待や体罰といったニュースも目にします。私自身子どもが2人いるので、ときどき堪忍袋の緒が切れる気持ちもわかります(笑)。でもそこで怒鳴らずに、子育てを問題解決のゲームとして楽しむという選択肢もあるはずです。そんな、世の中の流れと自分のタイミングが相まって、「なにか、行き詰っている人が楽になる『問題解決のツール』が必要なのではないか」と思ったのがきっかけですね。
著者インタビュー

「悩む必要のないこと」「解決できないこと」で悩んでしまう……。そんなムダな「ジャンク思考」を頭の中から削ぎ落とし、「考えるべきこと」を最小限に絞り込むためのルールを教えてくれる『 ミニマル思考 世界一単純な問題解決のルール』。ビジネスに役立つだけでなく、ストレスから身を守ることもできる「ミニマル思考」について、鈴木先生にお話を伺いました。
本書を執筆するきっかけを教えていただけますか?
ミニマル思考は勉強やビジネスシーンで役立つだけでなく、「自分の心をラクに」してくれるんですね。
そうですね、「不謹慎狩り」などは他人に対して感情が向かう例ですが、自分自身に対してその感情を向けてしまう場合もあります。
P73にありますが、たとえば営業や販売のシーンで商品を「いらない」と断られた場合、「嫌われてしまった」と心が折れてしまう人もいると思います。でもこれは「いまはその商品は必要ない」という説明であり、自分に対する否定ではありません。また、提出した書類や作品などに対して修正や訂正を求められて凹むこともありますよね。しかし、これもほとんどの場合、単なる修正の「要望、リクエスト」であり、相手側にクレームの意図はありません。凹んでしまうのは、勝手に言葉の裏を勘繰ってしまうからなのです。
私はこういった人間の陥りやすい「思考の悪い癖」のパターン、言ってみれば頭の中のガラクタを「ジャンク思考」と呼んでいます。これをそぎ落とし、思考をミニマルにしていきましょうというのが本書の内容です。
「空気を読む」ことが美徳とされている世の中ですが、必要以上に傷つかないため、ストレスから自分の身を守るためにも、このミニマル思考が有効だと思っています。
本書では、ビジネスシーン以外にも様々な事例が取り上げられています。
この事例のバランスはかなり考えました。仕事が多岐にわたっている現在、たとえば技術職の人が金融の話をされてもピンとこないでしょうし、その逆もあるでしょう。ビジネスの具体例というよりは、生活上の身近な話も取り上げて、誰もが分かる内容にしたいなと。
それに本書は、パッと開いて左側にイラスト、右側に文章で1テーマをまとめる構成のため、文章を400字程度に収めなくてはなりません。そうなるとビジネスネタは使いにくく、ボツにしたものもいくつかあります。
基本的に見開きで1テーマが完結する構成は、とても読みやすく理解しやすく、しかも内容が詰まっていると感じました。
「ミニマル思考」の本なのに本文がダラダラと長いようでは本末転倒ですから、単行本として成立する最小限にまとめました。そもそも、仕事や人生が行き詰っているときって、長い文章を読む余裕がない状況ですよね。ですので、ちょっと気が向いたときにパッと開いて、そこだけで何かを得ることができるくらいの本を目指しました。
行き詰っている人という点では、就活で悩んでいる学生にも役立つと思います。私は以前、予備校の講師をしていたので、学生たちからよく相談を受けました。彼らから話を聞いていると、空回りしている人や悩んでいる人って、結局、同じような思考の癖を持つことがわかってきたんです。そういったことが本書のメソッドのもとになっています。
人の悩みの根源は同じなんですね。
そうですね。こだわっていた考えを捨てると、意外にもすんなりと問題解決の糸口が見つかることがあります。
私の開催するビジネスセミナーで「職場の問題を解決してみましょう」というワークの時間を設けているのですが、そのわずか15分ほどの中で実際の問題を解決してしまう参加者もいるんです。本書P136の事例がまさにそれ。ある企業のシステム担当者の女性なのですが、基本的な知識のない社員からの要領を得ない質問が多く、本来の業務が圧迫されてしまうという問題を抱えていました。彼女の解決の糸口は、「社員全員のPCスキルを向上させる」のではなく「自身の業務を軽くする」ことが目的なのだと発想を転換させたことだったんですね。

なるほど、見方が変わるのですね。あとがきでは「ロジカルシンキングを学ぶ前の最初の一冊」として使っていただくのもいいと書かれています。
はい、ロジカルシンキングというものは人気があり、多くの人が取り組んでみるものの、「使いこなせない」「実践できない」という声をよく聞くんです。そこで、ロジカルシンキングに入る前の段階で少し整理する必要があるのではないかと感じました。
本書では、「MECE(ミーシー)」に整理して「マトリックス」や「ロジックツリー」を展開するうえで陥りがちな失敗なども例として挙げました。フレームワークを学んでも、そこに入れ込む要素を間違えてしまえば意味を成しません。本書はその考え方の入口になると思います。
実際、「ミニマルシンキング」のセミナーを行うと、「ロジカル○○○系のセミナーの中で一番よくわかった」「初めて理解できた」という言葉をいただきます。
「あるある!」や、くすりと笑える部分などもあり、読み物として楽しむことができました。ジャンク思考を削ぎ落とす上で心がけるべきコツを教えていただけますか?
今の自分を「変えなくては」とか「ジャンク思考を辞めなくては」と思わないことでしょうか。そうではなく、「あ、今、私こだわっているな」とか「今、私、憶測でものを言っているな」と自覚する、客観的に自分を見るところが第一歩ですね。
「人の心と過去は変えられない」といったことや、「心がけ」に頼らず「仕組み」を変えることを意識する。その中で、ジャンク思考はいつか消えていくのではと思います。

本書を制作する上で、大変だったことはありますか?
章立てや事例の並べ方などがしっくりくるまでかなり試行錯誤しました。最初の4か月くらいは何も決まらず思考を巡らせていて、最後の2カ月で一気にまとめるというやり方でしたね。今までの本もそうなのですが、原稿と一緒にすべてのイラストの下書きを書いて渡しています。
だからイラストも本文にぴったりなのですね! では最後に、オススメの本を教えてください。
『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』(ダイヤモンド社)です。
これは1991年に発行された名著『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(中公文庫)を現代版に解説したもの。旧日本軍の失敗を分析する内容なのですが、この構造が現代の日本企業とそっくりなんですよ。だから、大部分のビジネスマンが「あ、これうちの会社のこと!」と思うのではないかと。軍がいかにジャンク思想にまみれていたかということがわかります。
『会計のルールはこの3つしかない』(洋泉社)も面白いですね。コロンブスとイザベラ女王、越後屋が登場するコント仕立ての物語なんです。コロンブスが新大陸で商売を行うのですが、規模が大きくなるにつれて記帳の仕方も複雑になり、そこで複式簿記などの概念が出てくる。これもオススメですよ。