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育成のプロに聞く!人材育成とは

2017.09.11

無意識の「バイアス」を自覚すれば
コミュニケーションが変わる(後編)

トレスペクト教育研究所 代表
宇都出雅巳氏

多くの知見と、トレーナー・講師としてのたくさんの実践から得た学びをもとに、ビジネスパーソンに有用な知識やスキルを提供している宇都出さん。近年では、認知科学の観点から解説することで「腑に落ちる」研修を多く提供していらっしゃいます。後編では、これらの研修の詳しい内容などをお聞きしました。

文/山岸美夕紀 撮影/榊智朗

――前編では宇都出さんの幅広い知見が“認知科学”の分野に集約されるというお話しをされました。近年では、この認知科学における「記憶」をキーワードに研修を行われています。

はい、「記憶」は人間のすべての行動に直結するものなので、「生産性の向上」や「リーダーシップ」「コミュニケーション」「聴き方」「チームビルディング」「パワハラ対策」など多くのテーマにつながります。

たとえば、「生産性向上」では、ワーキングメモリをクリアにする方法、ゾーン・フローという“集中状態”にすぐに入るためのコントロール法などをレクチャーし、実践演習を行います。

「リーダーシップ研修」では、リーダーに必要な“明確なビジョン”を、認知科学でいう“展望記憶”(未来記憶)という観点で解説し、ビジョンを強化する方法などをお伝えします。

「コミュニケーション」「聴き方」研修では、たとえば、誰もが人の話を聴く際に無意識に呼び起こしている「潜在記憶」のメカニズムなどから解説します。

――弊社でも人気のある「聴き方講座」について詳しくお教えください。

人はコミュニケーションする際、「潜在記憶」の働きで記憶が勝手に呼び出され、それを使って相手の話を理解しています。これによって必ず何かしらのバイアスが無意識にかかります。たとえば上司が部下に対して「こいつはデキない奴だ」と思って聴くのと「デキる奴だ」と思って聴くのでは、同じ部下の同じ言葉でも思い出される記憶がまったく違うので、気持ちの反応も受け取り方もまったく違っています。

相手の話を理解するためには「潜在記憶」の働きは必要不可欠で、バイアスは必ずあることで悪いことではありません。まずは“バイアスがかかっている”状態を「自覚」し、そのバイアスに巻き込まれないことが大事なんですね。自分の思考や行動を自分自身が客観的に見ることを、認知科学では“メタ認知”と呼びますが、これを育てることだとも言えます。

では、どうすれば“メタ認知”を育て、バイアスに惑わされなくなるのか?

このために私が研修でお伝えし、身に付けてもらっているのが「意識の矢印」です。自分の意識が自分の記憶に向いているのか? それとも相手の記憶に向いているのかを自覚し、その向きをコントロールできるようにするのです。

たとえば部下が「○○しようかと思うんですが」と相談に来たとします。そこで上司は自分の過去の経験などから「それはダメだ」「それはいいだろう」などと評価・判断を返すことが多いですよね。これは部下の発した言葉を聞いて思い出された自分の記憶に「意識の矢印」が向いている状態です。

前編でお話した「人」に焦点、「事柄」に焦点でいうと、部下が話した「事柄」に焦点が向いて、「人」に焦点が向いていない状態ともいえます。

部下が話している途中で、すぐに問題を自分で解決しようとあれこれ考え始める上司は多いと思いますが、これでは、部下は単なるデータベース。「自分で学ぶ人材」「自律的人材」には育ちません。

――なるほど、ではどのように聴いて返すのが良いのでしょうか。

自分の記憶にだけ「意識の矢印」が向いていると、もうひとつの大事な「記憶」に「意識の矢印」が向いていません。その記憶とは、部下の「記憶」です。

「○○したい」と相談してきた部下の心の奥にも、彼の培ってきた体験や知識といったたくさんのまだ言葉になっていない記憶があるわけです。

この相手の記憶に「意識の矢印」を向けることで、自分の潜在記憶の反応によるバイアスに巻き込まれないようになります。

そもそも「○○したい」というのは何だろう? 自分の解釈や意見は脇において、部下のいう「○○したい」とは何かを聞いて、部下の記憶を明らかにするのです。

また、これは「人」に焦点を向けることにもなっていきます。相手の価値観や信念、感情に「意識の矢印」が向いて、「彼はどうしてこういう相談をしてきたのだろう?」「どういう背景があってこの提案をしたのだろう?」という問いが生まれてくるんですね。このように「どうしてそう考えたの?」と聴くと、自分が思っていたのとは違う答えが部下から返ってくることがたびたび起こります。

上司と部下だけでなく、セールスの現場でも、この「意識の矢印」は非常に大事です。

たとえば、営業パーソンが商品を提案した際に、お客様に「○○は使いにくそうだな」と言われたとしたら「いえ、△△ですから使いやすいですよ」と返す前に、「使いにくいというのは?」とか、「なぜ使いにくそうだと思われるのですか?」と聴いてみる。すると、「実は以前にこういうことがあって……」などと、お客様の「記憶」が言葉になり、気になっているポイントが明らかになったりするわけです。

このように、相手に「意識の矢印」を向けて話を聴き、問い返すということをすぐれたマネジャー、リーダー、営業パーソンはやっていますが、これをできていない人が非常に多いのです。

――「聴き方研修」では、自分の潜在記憶の反応を自覚する。相手の記憶に焦点を当てる、という2つのポイントがあるということですね。

そうなんです。ですが頭でわかっても、実際に「意識の矢印」を人に向けて聴くというのは難しいもの。ついクセで、相手の言葉に反応した自分の記憶に巻き込まれて、そこにだけ「意識の矢印」が向いて、評価・判断を下してしまいます。

そこで、研修では実際にロールプレイを行ってもらいます。たとえば3人一組になり、1人は部下、1人は上司となって会話をする。もう1人はオブザーバーとしてそれを見て、フィードバックしてもらうといった方法を用います。

自分が会話をしているときにも気づきはありますが、聞かれる立場や第三者として見るとさらに色々なことに気づくものです。体験をするとともに、それを振り返って言葉にしてもらったりしながら、学びを深めてもらいます。

――こういった「聴き方研修」は、どのようなニーズがありますか?

コミュニケーションはリーダーシップ、チームビルディング、パワハラ対策などすべての根本ですから、セールス関係の方、管理職から新入社員まで、幅広くご依頼いただいています。

研修後に実践してみた方々からは、多くの反響をいただいています。たとえば若手の社員と、この「聴き方」で会話をしてみたところ、知らなかった新しい一面が見えて驚いたとおっしゃる上司の方。

また、「そんな質問をしてもいいんでしょうか?」と怖がっていた営業の方が、思い切ってお客様に聴いてみたところ「たくさん話してくれました」と嬉しそうにご報告くださいました。

――「聴き方研修」のニーズが高まっているのには、どういった背景があると思われますか?

そうですね、ひと昔前の日本は、それぞれが持っている記憶にかなり共通する部分がありました。会社に入れば仕事だけでなく飲みに行くことも含めてたくさんの時間を過ごして、共通の記憶を増やしていたわけです。こういった共通の知識、体験が多い社会は「ハイコンテクスト社会」と呼ばれ、言葉にしなくてもある程度の意思疎通ができます。「意識の矢印」を相手に向けなくても、大きな問題にはならなかったのです。

しかし、変化の激しい現代では、ひとりひとりの持っている情報がバラバラです。会社でも飲みニケーションの機会も減り、転職も一般的になり、共通の記憶が少なくなっています。ですから、きちんと言葉にしなければ、よりコミュニケーションギャップが生まれ、意思疎通に齟齬が生じやすくなっているのです。

大事なのは、どんなに年下であろうと部下であろうと、「この人は自分の知らない情報を持っているかもしれない」、「自分にも知らないことがたくさんあるかもしれない」という考え方で向き合うことです。そうすれば、自然と「意識の矢印」は相手に向き、質問が出てきます。自分に「意識の矢印」を向けられた部下は悪い気はしません。モチベーションアップにもつながります。そして、上司にとっては部下の本音もつかむことができて一石二鳥なのです。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

聴き方などコミュニケーションでは「オウム返しをする」「最後まで話をさえぎらずに聴く」「質問をする」「相手の目を見る」といったスキルがよく語られますが、それよりももう一歩踏み込んだ「意識レベル」の話が大事だと思うんです。

スキル、テクニックの話でもなく、「愛を持って聴こう」といった精神論でもないのが「意識の矢印」で扱っている意識のレベルです。これは応用も効きますし、訓練次第で鍛えられます。認知科学の見地も取り入れてメカニズムを知り、意識の方向を変えるという「意識の矢印」を使ったアプローチは、受講者の納得度も高く、有効なものです。

認知科学では現在進行形で、研究によって色々なことが明らかになってきているので、それができるだけわかりやすい形でお伝えし、仕事でもプライベートでも、皆さんを良い方向へ導くお手伝いができればいいなと思っています。

――本日はありがとうございました。

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