育休法改正は、働き方改革への起爆剤
人を育て、自分を育て、
組織力を上げるチャンスです(前編)
チーフコンサルタント
NPO法人ファザーリング・ジャパン理事
文/大西美貴
当時はITバブルが崩壊して世界の会計事務所の一角が崩壊した頃でした。日本でもさまざまな企業の不正が明るみになり、公認会計士としての使命に燃えていました。半導体会社、大手貴金属会社、建設会社や学校法人など多種多様な業種の会計監査等を10社以上担当し、繁忙期では深夜残業もし、土日も出勤していました。いまから考えると最悪の夫だったかもしれませんね。
はい、社内で人材育成の講師スキルのプログラムをクリアして、研修教材の開発もしながら「会計士で人材開発講師」という立場を確立していきました。
一方で、欧米では「プロボノ」と呼ばれるプロフェッショナルボランティアが活躍していることを知ったんです。
今、共に活動するNPO法人フローレンスの代表の駒崎弘樹さん、NPO法人ファザーリング・ジャパン(以下FJ)の安藤哲也さんといった方々を知ったのもその頃です。
最初は軽い気持ちでFJに入会したんです。ちょうど長男が生まれる頃で、パパ友もできるかなという(笑)。
そのとき起こったのが秋葉原の無差別殺傷事件です。当時担当していたクライアントがすぐ近くで、翌日に先方に向かったんですが、現場はごった返していました。その後すぐに妻が破水して連絡を受け、病院へ。長男が誕生し、息子を抱いた瞬間に思ったんです。どんなにこの子を大事に育ててもそれだけではダメだ、こんな事件が二度と起きないよう、子供を守るために社会環境を変えていかなければと。ですから原点は、子供を守りたいというプライベートな思いです。正義のためというより、とても私的な理由から社会活動を加速させていったんです。
そうなんです、2週間の有休を取って妻と子育てをしたんですが、その体験がとても衝撃的で。新生児の育児は仕事の大変さとは全く質が違うんです。
親になるという貴重な時間とその苦楽は夫婦でシェアしたいと、子供が9カ月になったときにひと月の育休をとりました。当時の部署で初めて育休取得でした。
その後もプロボノ活動は続けていたんですが、2011年に次男が生まれ、同時に義父の介護も抱えることになって、直後に東日本大震災が起こった。家庭も職場も大混乱に陥りました。
そんな時に私を支えてくれたのが、FJのパパ友であり、東レ経営研究所の佐々木常夫さんの著書だったんです。
多忙な仕事と育児と介護、この経験を生かせる場所はないか、日本の子育てと介護に正面から向き合いたいと、東レ経営研究所に転職することを決めました。
FJで立ち上がった男性育休の推進事業『さんきゅーパパプロジェクト』のリーダーとなって理事に就任しました。『イクボスプロジェクト』では大企業を中心とした「イクボス企業同盟」を運営しています。
一方で、一億総活躍国民会議委員の白河桃子さんのブレーンとして、労働時間に関するアンケートやフォーラムを実施して働き方改革関連法の成立推進にも関わりました。研修や講演は男性育休やイクボス、ワークライフマネジメント、働き方改革等をテーマに年間150回ほど。メディアにも出演する機会をいただいています。
パパだけに認められた産後8週間の育児休業を「パパ産休」と名付けて、この育休を増やすことで父親の育児参画を進めて社会を変えていこうというプロジェクトです。2010年にリーダーとなり、もう10年以上活動しています。2013年からは女性活躍推進も含めた支援も行っています。
内閣府からは事前にご相談をいただきました(笑)。
そもそも2010年以前は、妻が専業主婦の場合、夫の育休取得を認めない労使協定もあって、2011年の育休法改正でそれが撤廃されました。
産後ケアが必要という点では専業主婦も共働きの妻も同じです。産後うつは命に関わることもあるし、妻が大変な産後8週間こそ夫の出番。父親としての自覚を養う特別で重要な時期でもあるんです。
一番のポイントは、企業に対して取得促進が義務化されたことです。出産を伝えやすいよう職場環境を整えること、そして申し出があれば個別に制度について伝え、意向の確認をします。制度の内容はもちろん、どう申請するのか、育休給付金や社会保険の免除といった経済面も含めて説明するのが義務となります。
取得促進がなぜ重要なのか。そもそも、これまで度重なる法改正が空振りに終わった理由はなんだと思いますか?
先行の調査でも経済面やキャリアへの影響が理由だろうとされていたんですが、我々が行ってきた育休、および隠れ育休の調査結果 (※)を見ると違ったんです。
給与の1.3倍の給付金が支給されたら育休を取るのか、昇進昇格に影響がなければ取得するか、それよりも多くの人が選んだ1位は上司の後押し、2位は会社の後押し、3位は日本の男性全員が取ることになれば取得するという結果でした。
これまで隠れていた、会社側からの後押しという意向が、今回初めて法に盛り込まれたということです。
※NPO法人ファザーリング・ジャパンが乳幼児を持つ父親に対し2011年、 および、2015年に実施した、育児休業制度とは別に有給休暇などを利用して産後の妻のサ ポートや育児のための休暇(「隠れ育休」)調査をフォローアップする形で「隠れ 育休調査2019」を実施
そう、企業側の義務ですから本人にその気があるかなしかは関係ないんです。
制度というのはあるだけではダメで、周知が重要。これによって、「知らなかった」という人がいなくなるわけです。
一部には周知を義務化しても男性は取らないだろうという声もありますが、先行して2020年4月から始まった国家公務員では99%の男性が育休を取り、平均取得日数も50日となっています。
その点もカバーされています。例外としてですが、労使で合意すれば休業中の就業も可能になりました。80時間まで働けて、休業期間は育休給付金はこれまで通り67%で社会保険免除も考慮すれば月額給与手取りの実質8割。
さらに今回の改正では、産後8週間内の産後パパ育休は2回まで分割でき、その後の育休でも2回分割できるので、男性は計4回分割して休みを取れることになりました。家庭や職場の都合に合わせて時期を分けて休業できる。これも取得しやすくなったポイントです。
これまでのように1年休んで浦島太郎のように職場復帰するより、夫婦で交互に取れる選択肢も出来れば、より成長できる仕事に取り組めるようになるでしょう。家事育児を夫婦で分担して、夫も妻も成長できる仕事をすれば、家庭も職場もWin-Winの関係を築くことができるはずです。
これまで期待されていた里帰り出産や実家のサポートをこの令和の時代にも求めるのは難しいです。定年延長や年金だけでは厳しい状況で、働いている祖父母も多いし、コロナ禍では里帰りのための県をまたいだ移動も難しい。これは切実な社会問題です。
ですから、国としても条件を手厚く整えて夫の育児参画をデフォルト(初期設定)にしたい。民間での取得率は現在約12%ですが、春以降は伸びてくるだろうと。ただ、国の目標である男性の産後休暇80%、育休30%まで持っていくには、大規模なメディアのPRや自治体からの企業への働きかけも必要だと思います。
本来は仕事と家庭の両立支援制度なので、予算枠からすると少子化とは謳えませんが、結果的には少子化対策ですね。
厚生労働省のデータでも、男性が育児に参画する時間が長いほど2人めの子供が生まれる確率が上がると出ている一方で、国際比較すると、日本は6歳未満児のいる家庭での男性の家事育児時間が極端に短いんです。
男性の育児参画は生まれてすぐの方が夫婦で協力しやすく産後の1カ月、いわゆる「男性版産休」の取得を勧めたい。今回の改正では、休業の申し出期限が1カ前から2週間前に変更されたので、より出産に近い時期に取得できるようになります。
ところがメリットも大きいんですよ。
男性育休を推奨している企業を見ると、日本生命さんは男性育休100%を継続されています。積水ハウスさんは1カ月の育休を取る「イクメン休業」を導入して取得率は2018年から継続して100%です。MUFGでは、当初、男性育休取得率が8割を超えても、取得期間が短期間だったために、男性社員の仕事のやり方も組織も大きな変化が見られなかった。そこで、期間を1カ月程度に伸ばして男性育休を推進しています。
企業側にメリットがないとこれだけの数字や施策を継続する意味が見いだせません。実際、投資家へのPRやリクルーティングへの重要なアピールポイントになっています。
そう、一カ月も休むと周囲の協力が必要になるからです。
5日や1週間だと、仕事がたまっても自分の範疇で処理できる。けれど、ひと月休むと部署内でも、部署外にも、クライアントにも迷惑をかけることになるので、仕事を引き継いだり、チームで分担することになります。あるいは後輩を育てる機会にもなる。
結果的に人材育成と働き方改革に寄与するわけです。大きな視点で見ると組織力があがっていくことにもなります。管理職はこの点に気づいて欲しいんです。
今回の育休法改正を起爆剤にして、これまで進まなかった働き方改革や女性活躍推進を一気に進めるチャンスなんです。
ただでさえ人手不足なのに基幹となる男性社員が休むと機能不全に陥ると危惧する管理職もいますが、日本は日々生産年齢人口が減っていますから、これまでと同じ方法でやっていくには限界があるんです。
人材と雇用形態の多様化はますます加速化します。管理職は社員が一定期間抜けても職場が回っていくよう個々の能力を把握しながらパフォーマンスを引き出すマネジメントへとシフトしていかないと。職場作りとチーム戦略は、いますぐ取り掛からないと間に合わない時期へとさしかかっています。
前編はここまでとなります。後編では、ご自身の育休取得のご経験、研修実施時に重視しているポイントなどをお聞きします。
(後編はこちら)
公認会計士として監査法人トーマツ(現:有限責任監査法人トーマツ)に勤務し、多種多様な会社の監査業務に携わる一方、Deloitteの講師スキルプログラムをクリアし、人材育成セミナー講師を担当。2008年長男時に育児休業を取得。ダイバーシティやワークライフバランス系プロジェクトに所属し社内イベントや情報発信などを行う。
2011年次男の誕生、義兄の死、義父の介護を同時期に経験したことを契機に、日本におけるワークライフバランス推進を本業にすることを決意。監査部門マネージャーを経て、株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス推進部に転職。
ワークライフバランスの体現者である佐々木常夫特別顧問の下で、企業・労組・自治体などに対し、講演・ワークショップ・コンサルティングを行う。佐々木常夫著書ベストセラー「働く君に贈る25の言葉」をテキストとした実践講座「佐々木常夫塾」を企画し、プログラム構築、講師を担当。数多くのダイバーシティやワークライフマネジメントプログラムを企画・運営している。
また、長男の誕生を契機にNPO法人ファザーリングジャパン会員として、父親の育児・夫婦のパートナーシップなどのセミナー講師やイベント企画等を自治体、労組、企業などに対して行う。
男性の育休促進事業「さんきゅーパパプロジェクト」リーダーとして男性の育休取得に立ちはだかる個人、職場、風土の壁を打破すべく活動中。
2012年より同法人の理事に就任。
イクボスプロジェクトのコアメンバーとして管理職改革のセミナー講師やコンサルティングを行う。第一子で1か月間、第二子で1か月間、第三子で8か月間の育児休業を取得。
2023年7月に独立。日本における各種ギャップを解決すべく、株式会社日本ギャップ解決研究所所長として活動中。
<著書>
「新しいパパの教科書(学研教育出版)」「新しいパパの働き方(学研教育出版)」共著
「崖っぷちで差がつく上司のイクボス式チーム戦略(日経BPマーケティング)」監修
https://gaprrjapan.com/
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仕事も!家庭も!を実現するための新しい働き方
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