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講師インタビュー 育成のプロに聞く!人材育成とは

2021.10.15

3つの視点で考えるハラスメント防止。
専門性を生かして、誰もが快適に
働き続けられる社会に貢献したい

ハラスメント防止コンサルタント
社会保険労務士法人グラース 代表
特定社会保険労務士
新田香織氏

子育てをしながら働き続け、社会保険労務士として数々の労働問題に関わりながら誰もが生き生きと働くことができる職場づくりをサポートしてきた新田氏。ダイバーシティに関するセミナー・研修、および働き方改革コンサルティングの実績も豊富ですが、今回はその中から整備が急がれるハラスメント防止に特化してお話を伺いました。

文/大西美貴

――新田先生のキャリアのスタートは企画職だと伺いました。どのような経緯で社労士になられたのですか。

専門商社で企画職に就いていたとき、第一子を出産して育休をとったのですが、私自身が未熟で。育児短時間勤務など利用実績のない会社だったこともあり、責任を持った働き方ができず職場で浮いてしまったんです。

もっと専門性があれば自分のペースで仕事ができるのではないかと、いろいろ調べて社労士を目指すことにしました。夜に専門学校に通い、子どもの送り迎えや寝かしつけは夫に頼んで勉強しましたが、1年目は不合格。中途半端な取り組みではダメだと退職をして、1年間集中して学びました。

――合格率6〜7%という難関を突破されて社労士の道に進まれた。

今度こそはと必死の思いでした。仕事はずっと好きだったので、子育てしながらもきちんと働き続けたいと思っていたんです。その後、人事系のアウトソーシング会社を経て社労士事務所に務めていたころ、偶然、東京労働局の雇用均等室(現:雇用環境・均等部)が次世代法担当の非常勤職員募集していることを知りました。ちょうど募集締切の前日だったんですが、以前から興味を持っていたこともあり思い切って応募したところ運よく採用されました。

――東京労働局で5年間務め、現在の社労士事務所を立ち上げられてからも厚労省の委託で検討委員等を担当されています。

ありがたいことに一つの仕事がまた次へとつながって、休暇制度普及事業やカスタマーハラスメント対策の企業マニュアル作成事業にも携わりました。

ずっと心に秘めていたことですが、社労士の資格試験に受かった時、子育てしながら当たり前のように働ける社会に貢献したいと思ったんです。

2人の子育てをしながら仕事する中で周囲の支えを実感したこともあり、新たなステージでは社会との関わりを意識して働きたいと思いました。

――では、ここからハラスメント防止について伺います。2020年6月にパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が施行されました。

2022年4月には中小企業も対象になり、すべての企業にパワハラ防止の措置を講じることが義務化されます。

法の施行でハラスメントへの理解が深まって、あからさまな行為は減ってはいますが、ハラスメントとは言い切れない、けれど職場環境を悪化させる言動は変わらず存在しています。

――いわゆるグレーソーンというものですね。

ハラスメントには明らかに許容範囲を超えたものもあれば、ハラスメントと判断されるかどうか曖昧な行為もあります。これがグレーゾーンです。いじめや嫌がらせは上司から部下に対してだけでなく、同僚間でも多く発生しています。

実際に実際労働局への相談で多いのは解雇がらみではなくハラスメントで、理不尽な言動に声を上げる人も増えきました。

――ハラスメントへの認識は人それぞれで違いますよね。厳しい指導が必要だと考える人もいるし、このくらいどこでもやっているだろうと軽く捉える人もいるようです。

軽い気持ちで小さな虚偽が繰り返されるうちにだんだん麻痺してくるんですね。この感覚が問題を埋没させます。

以前は、仕事ができれば多少のハラスメントは仕方ないとされてきたかもしれませんが、いまハラスメントするのは「会社に迷惑をかける人」です。

ですから、研修では導入部分で、ハラスメントはなぜいけないのかを理解していただくようにしています。

ハラスメントの弊害は思った以上に大きい。対象者のメンタルを疲弊させ休職や退職に追い込むだけでなく、不安感が周囲にも伝わって職場全体の生産性を下げることになりかねません。

――組織全体の問題でもある。

はい、組織として人財の流出は大問題であり、ハラスメントの事実が拡散されると採用面や社会的信用など失うものは大きいです。

そもそもハラスメントが蔓延している会社は風通しが悪く、ミスを都合よく変換した報告がなされることも多々あります。メンタル不調者の多い病んだ組織とも言えるでしょう。

変化の激しい今の時代は会社が生き残っていくために社員の自立やイノベーションを求める傾向にありますが、ハラスメントはそうした芽を摘んでしまいます。こうした意味でもハラスメントを理解してもらう研修はとても重要です。

――研修はやはり管理職に向けたものが多いでしょうか。

そうですね、まずは防止措置として管理職に向けてというご依頼が多いですが、現場の認識を高めたいというケースもあれば、問題行動は一人だけど全体に向けて実施したという企業もあり、それぞれが抱える問題によってご要望はさまざまです。

けれど、職場で起こるさまざまなハラスメントは同僚間で起こることも多く、一般社員も巻き込んでいかなければハラスメント防止は難しいです。

――上司に「それパワハラじゃないですか」と返す部下もいるそうで、ハラスメントはマネジメント側だけの問題ではないですね。

最近は、パワハラに敏感な管理職が多いです。業務上必要でさほど厳しく言っている訳でもないのにパワハラになるかもしれないから指示が出しにくいと。

先日は管理職向けのパワハラ研修で事前アンケートを取りましたが、部下指導の難しさや部下の言動に悩まされている方もいました。会社からは部下と信頼関係を築くよう言われるけれど、どうすれば部下のことを理解できるのか、多くの方が悩んでいらっしゃるんですね。

――確かに指導とパワハラと違いは難しいところではあります。

管理職と一般社員では感じ方も違ってきますからね。

私の研修ではハラスメントの定義やNG集に終始するのではなく、部下にどういう気持ちで接すればハラスメントにならずに良い関係が築けるかに重点を置いています。ケーススタディではグループ討議やチャットで、リーダーの気持ちを代弁してもらったり、またメンバーの気持ちを代弁してもらうなどそれぞれが考え、理解していただくよう促します。

事例については研修担当者と一緒にケース内容を検討して、なるべくその会社の実情に合ったものにするよう考えています。厚生労働省が示す事例は分かりやすいものが多いのですが、あまり極端だと「ここまではやってない」と伝わらない。ですから、白に近いグレーソーンも含めてハラスメントをご自身の問題として受け取っていただければと。

また、自身の指導がパワハラになるか、ならないか、迷った時の判断基準や考え方のポイントもお伝えするようにしています。

――少し前の話になりますが、2018年にはかんき出版主催で大手IT企業の役員に向けたハラスメントセミナーを担当されました。

あのセミナーは、特定社労士の観点から法的リスクを提示して欲しいとのご依頼でした。社員1万人を超す大企業の役員60人に囲まれて、しかも通常は2時間の研修内容を40分に凝縮するとハードルの高いものでした。

緊張もしましたが、事前に論点を整理してシミュレーションを繰り返したこともありご好評をいただいて。4年目の今年も引き続き担当させていただいています。自分にとっても成長につながるありがたい機会を与えてもらいました。

――役員や管理職向けのセミナーはどうしても時間が短くなりがちですね。

本当は時間をかけてさまざまなケースをじっくり討議するような研修が望ましいのですが、多忙な管理職が多いので、オンラインで1時間に設定し、その分参加率を高めるのも良い方法だと思います。

ハラスメント研修の多くは法的観点、企業リスク、対策としてのコミュニケーションの3つにポイント置いて展開しますが、管理職向けには法的リスク、企業リスクに重点を置きます。たとえば、30代後半男性が半年休職した場合のコストはいくらかなど、具体的な数字に落とし込むことでハラスメントの弊害をより実感していただけるようです。

どこに訴求のポイントを置くかは受講者の属性によって違ってくるので、事前に担当者の方とご相談して、伝え方もその都度変えるようにしています。

――法的リスクと企業リスクは、特定社労士の新田先生の得意分野でもありますね。

そうですね、厚労省の仕事でもたくさんの事例を見てきましたから。根拠となる法律や判例、行政からの指針通達を理解した上で、法ができた背景などもお伝えするとより理解が深まるようです。

――判例などは日々見ていらっしゃるのですか。

見ていますね。ネットや新聞、社労士の専門誌に掲載されているハラスメント関係の判例集もチェックします。最近は時代の変化が激しく、社労士が知っておくべき法改正も多いので、日々追いかけては勉強しないと。法律や労務管理の知識を背景にしてハラスメント問題について考え伝えることができるのが私の強みです。

一方で、私自身が一般社員で経験したいろんな思いをお伝えすることもあります。事業者の視点、行政の視点、労働者の視点と、実体験に基づく3つの視点から話すのも特徴でしょうか。

――どの立場の気持ちも理解できると。

社労士というのは、社員と会社の間に立つんですね。どちらかではない。

私の場合はどちらかと言うと経営者目線で話す場合が多いのですが、常に考えているのは、その企業にとって最善策は何なのかということ。マネージャーだけがいけないとも、一般社員が悪いのでもない。お互いの気持ちを理解して会社がうまく回るように考え、サスティナブルな道を見つけたいんです。

ハラスメントは、相手の気持ちに寄り添う余裕がなく、自分の尺度で相手を測ってしまったときに起こりがちです。自分の期待と違ったことが起きると、ついイライラしますよね。

実は私もかつては「社労士ならこのくらい知ってて当然」と、きついことを言ったり表情にも出していました。だから熱心なあまりに熱く語ってしまう上司の気持ちはすごくよく分かります。

けれど、さまざまな事例を勉強しる中で自分自身180度変わりました。そもそも仕事が好きなので、みんなが楽しく働ける職場が一番いいんです。

――新田先生のハラスメント研修で、「互いに尊重しながら働ける職場づくり」をポイントにされているのは、ご自身の経験からもきているんですね。

研修の目的としては、まずハラスメントがなぜいけないのかを理解すること、次に明らかなハラスメントは根絶しグレーソーンは白に近づけること。

そして、一番伝えたいのは、相手を尊重してコミュニケーションを取るということです。心理的安全性が重要と言われるいま、相手を否定せず、もっと心を開いていけばいじめなどはなくせるだろうと思っています。

――加えて新田先生の研修は、分かりやすさでも定評があります。柔らかい口調も伝わりやすさの一因でしょうか。

難しい法律の話をしても分かりやすいと。それに、柔らかいけど単刀直入にバシッというとも言われます(笑)。

法律用語や判例を知らせるだけでは伝わりにくいので、やさしく咀嚼して伝えるよう心がけています。

社労士って間違ったことを言ってはいけないという気持ちもあって、法律の範囲や厚労省の示した範囲で話す人が多いんですね。私の場合は、なるべく分かりにくい言葉や専門用語を使わずに話そうと。ただ、自分の言葉に責任を持ちたいので、表現についてはかなり考えます。

また、介護や育休、得意分野であるテレワークなど働き方改革についての研修やコンサルティングも行なっているので、これらを関連付けて話すのも自分らしさでしょうか。パワハラの中にはマタハラやケアハラなど仕事と私生活にかかわるさまざまな問題も含まれていますから。

――最後に今後の課題や目標を教えてください。

誰もが働き甲斐を感じられる社会に貢献したい、これはずっと変わらない目標です。今後も仕事と私生活の充実や多様な働き方が可能になるように、社労士の専門性を活かしていきたいと思います。そのため弊社では、子育て中の社員も含め全員が多様な働き方が可能になるように、様々な工夫を凝らしています。クラウド活用、フリーアドレス、テレワーク、短時間正社員、セイフティネット休暇の導入など、未来に向けて必要だと判断したものは、これまでのやり方に固執することなく積極的に取り入れるようにしています。

繰り返しになりますが、私自身、子育てをしながら仕事を継続していくなかで、様々な人間関係の軋轢を経験してきました。そして現在は、小さな会社ですがスタッフを抱えて仕事をしているので管理職や経営者の悩みも良く分かります。一般社員にとっても、管理職にとっても働きがいのある職場づくりのために、私の専門性と強みを生かして今後も仕事をしていきたいと思います。

講師プロフィール

新田香織 (にったかおり)

ハラスメント防止コンサルタント
多様な働き方コンサルタント
社会保険労務士法人グラース 代表
特定社会保険労務士/キャリアコンサルティング技能士2級

厚生労働省東京労働局雇用均等室非常勤職員(次世代法担当)(2006-2011年)
港区男女平等参画推進会議委員(学識経験者、副部長)(2012-2019年度)
厚生労働省「特に配慮を必要とする労働者に対する休暇制度普及事業」検討会委員(2020、2021年度)
厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業」検討会委員(2021年度)

誰もがイキイキと働ける職場作りに寄与するため、多様な働き方が可能な制度や運用、職場の意識醸成を社労士の立場から提案・啓発している。
自治体主催の研修、企業内セミナー、執筆の他、公共機関との連携による両立支援コンサルティング、顧問先の社会保険手続き・労務管理を行う。
 
主な著書:
『仕事と介護両立ハンドブック~コア社員の退職を防ぐ~』(日本生産性本部出版)
『改訂版さあ、育休後からはじめよう-働くママへの応援歌』(労働調査会)
『子育て社員を活かすコミュニケーション【イクボスへのヒント集】』(労働調査会) 他多数

http://grasse-sr.com
女性の活躍推進とハラスメント研修
【一般社員向け】互いに尊重しあう職場づくり~ハラスメントをなくす~

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