AI導入で生まれる心と時間の余裕で
新しい価値を創造していく(後編)
ワークスタイルクリエイター
文/山岸美夕紀 撮影/榊智朗
はい。AIも万能ではありませんから、苦手な分野というものがあります。それはやはり、人間にしかない、身体的、感情的、直感的な部分です。これが人間の強みになります。
AIに代替できない人間の価値から考えていくと、これからの人の働き方は「AIの使い方を考え、AIやロボットに仕事を教える人」と、「人間特有の身体・感性を生かしたコミュニケーションをする人」の大きく2つの方向にシフトしていくと分析できます。
たとえば、コールセンターの現場では、顧客の問い合わせに対して音声認識して膨大なデータベースから最適な答えを見つけて自動で提示してくれるAIサービスをすでに導入している企業もあります。オペレーターは、これにより生まれる時間と心の余裕で、人間らしい対応・コミュニケーションを増やすことが可能になるでしょう。この「ヒューマンタッチ」な対応は、顧客満足度の向上と、売り上げにもつながると思います。
製造現場で言えば、今は「指示やその確認」といった業務コミュニケーションが大半を占めているかと思いますが、ここに「褒める」「励ます」「感謝する」といった感情コミュニケーションを増やすことによって、社員のモチベーションが上がり、生産性が向上することが考えられます。
このような感情コミュニケーションや、一見ムダに見える遊びの時間、成果に囚われずに行う自由な発想の時間というものこそが、AIに代替できない人間の直感的で感性的で身体的な力なんです。
しかし、実はこの“人間らしい働き方”というのは、昭和の時代においては当たり前のようにあったものなんですよね。成果主義やIT化の中でいったん日本の企業から失われつつあったそれらのものが、AIの登場でまた復活してくる。ということは、今遅れている企業でも、そのアナログ感がAI時代においては逆に強みになる可能性もあるかもしれません。
まず入り口としてテクノロジーの進化や潮流を「知る」というステップがあり、さらに上級編として「使う」「作る」というステージがあります。
一般的な企業研修では、前編でお話しした、テクノロジー導入のボトルネックになりがちな30代後半から50代くらいの中間管理職の方々を中心に、「知る」から「使う」の入り口くらいまでのプログラムが主流です。
まず、現在のAIの最前線や国内外のテクノロジーに関する潮流などを知ってもらい、テクノロジー情報格差を埋めていきます。一日にわたるプログラムであれば、ここから「今の仕事の中で人間がやるよりもAIが代替すべきだと思う仕事」を、以下の3つの視点を頼りに、個人・部署のレベルで考えてもらいます。
1つ目は、この仕事、毎日同じことの繰り返し。AIに学習させられないだろうか?という「面倒くささの視点」。
2つ目は、本当は丁寧にやれたほうがいいのだが、人間がやると工数がかかりすぎてあきらめていることはないか?という「あきらめの視点」。
3つ目は、社内にはどんなデータがあるか? どんなデータをAIに学習させればいいか?という「データの視点」です。
はい。そしてさらに上級の「使う」「作る」の段階まで進めるプログラムが、テクノロジーアイデアソンの「Think to make!」というプログラムです。
今とてもご要望が多いこのプログラムでは、実際のAIに詳しい外部のエンジニアたちを加え、社員が出すアイデアに「それはこういったAI技術で対応できる」「それは今のテクノロジーではまだ実現不可能だ」「代わりにこんな方法もある」といった具体的なアドバイスをどんどん出していくという形です。これにより、「いつまでに」「どんな方法で」「いくらくらいのコストと工数をかけて進めるのか」という具体的なプロジェクトが出来あがっていきます。こうして作り上げたプランはそこで終わりにせず、実際に社内で役立ててもらうことができます。
約半年の「Think to make!」のプログラムを提供したある大手メーカーの例を挙げると、製造部の生産計画、設備導入、人員計画をそれぞれ担当するメンバーが一緒になって、「採用業務へのAI活用」「社員の能力をデータ分析し、適正配置を行うタレントマネジメント」「社員からの問い合わせを受けるヘルプデスクの自動化」という3つのテーマで導入案を作り上げました。そして、コストまでを含めたその資料を役員にプレゼンしたのです。
その結果、社員と外部のAIエンジニアが協働しながら実行するプロジェクトが採用され、動き出しました。それまでAIテクノロジーに関する知識がほとんどなかった彼らが、具体的で実践的なプロジェクトを創り出し、次世代リーダーとして企業を動かしているのです。
実は、私の研修の一番のポイントは、“発想する技術”「クリエイティブシンキング」なんですね。クリエイティブで人をワクワクさせる発想、人の働き方を“楽しくする”方法を生み出す技術を教えています。
大切なのは、この“ワクワク感”です。企業であれば「AIを導入しなければ遅れをとってしまう」、個人であれば「働き方を進化させなければAIに取って代わられてしまう」といった危機感を感じてもらうのも大事ですが、危機感をあおるだけでは人は動きません。その方向に「変わりたい」、「変わったら楽しそう」というポジティブなエネルギーが生まれなければ人は行動しませんし、人を動かすリーダーも生まれないと思っています。
今後も、組織開発・人材育成コンサルタントとして、次世代リーダーの育成と、すべての人が楽しく幸せに働くことができる社会づくりをお手伝いできればと思っています。
――本日はありがとうございました。
株式会社働きごこち研究所代表取締役
ワークスタイルクリエイター
組織開発・人材育成コンサルタント
グロービス経営大学院MBA(成績優秀修了者)
人工知能学会会員
外資系コンサルティング会社、人事コンサルティング会社を経て、東証マザーズ上場のIT企業において、人事採用・組織活性化・新規事業開発・営業マネジャーを経験。
2007年、株式会社働きごこち研究所を設立。
「ニュートラルメソッド」を基に、「働くって楽しい! 」と感じられる働きごこちのよい組織づくりの支援を実践中。
2015年から現在の研究テーマは「人工知能の進化と働き方の変化」。研修やセミナーの受講者はのべ1万人を超える。
2006年、27歳のときに東京を「卒業」。愛知県の田舎(西尾市幡豆町ハズフォルニア)で子育て中。
家から海まで歩いて5分。職場までは1時間半。趣味はスタンディングアップパドル(SUP)と田んぼ。
本書は、著者が「働き方」の専門家として、人工知能が進化する中で、いかに人間として幸せに働き、生きるかというヒントを提案した希望の書である。
株式会社働きごこち研究所
テクノロジー時代のビジネスと仕事のリデザイン
【講師動画】藤野貴教氏~2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方
藤野貴教氏インタビュー記事