文/山岸美夕紀 撮影/榊智朗
そうですね。前編で述べたような、イクボスの必要性とそのメリットをデータや数字を基にお教えしますが、まずはその前に、社会の状況がひと昔前とはまったく変わってきているという前提を理解してもらわなければなりません。
2006年には「女性活躍推進法」がやっと施行されましたが、1986年の「男女雇用均等法」からここに至るまでの30年間、バブル経済の崩壊やリーマンショック、3.11などを経て、社会の構造や価値観がすっかり変わった。男性が外で働けば働くほど稼ぐことができ、女性には家庭に入ってもらって内助の功を発揮してもらう……という分業の図式は、現代には当てはまりません。それなのに、その変化に企業も個人もついてきていないため、過労死や自殺、離婚・DVの増加、そして介護離職、貧困などの問題が噴出しています。6人に1人の子どもが相対的貧困という先進国とは言い難い社会状況なわけです。
今の日本はたとえて言うなら“がん患者が交通事故に遭って複雑骨折している”といった状態なのかもしれません。全部をいっぺんに治す魔法はないので、ひとまず、自分の一番痛いところを治しませんか、という話だと思います。
海外でも同じような問題を抱えた国は多くあり、日本でこれから始まるような「働き方改革」によって成功した例もあります。
はい、ドイツにもファザーリング・ジャパン(以下:FJ)のような団体はありますし、カナダにも以前はありました。
北米では、90年代終わりにはすでに、ワーカホリックによる健康問題や離婚率の増加、社会的養護コストの増大という、まさに今の日本に酷似した状態にありました。そこで、カナダ政府は父親支援などの施策をはじめたのです。現在、カナダ全土の男性の育休取得率は30%、ケベック州に至っては80%以上です。その実現にあたってはNPOが大いに貢献していて、僕はそのカナダのNPOのやり方を学んで、10年前にFJを立ち上げたんです。
今では子育て支援や福祉がもっとも充実していると言われる北欧諸国も、同じような問題を抱えていたことがありました。しかし、各制度の整備が進められ、企業もそれを理解して受け入れた結果、現在では出生率もV字回復を果たしています。
フランスもそれにならって出生率を回復させ、フランスをライバルとみるドイツも負けじと大改革をする方向に梶を切った。昨年のドイツの男性育休取得率は30%を超えたそうです。ちなみに、日本は2.7%。有権者である年寄りにばかり財源をかけている「シルバー民主主義」の国。子供にかけているお金が世界でもっとも少ない国です。
ええ。しかしここ10年で日本でも、有給を消化して一週間くらい妻の産後に休む「隠れ育休」を取る男性は増えています。でもまだまだ、男性が本当の育休制度を取るというのはハードルが高い。お金だけの問題ではなくて、まだまだ職場がそれを容認しない、上司がよく思わないんですね。「パタハラ」(=パタニティ・ハラスメント)なんて言葉も出てきています。
ひとりひとりの意識改革はもちろんですが、企業全体が変わるためには、まずはトップダウンで、ある程度、強引に進める必要があるでしょう。ですから私たちは、企業が「イクボス企業同盟」に加盟する際は、必ずトップの署名をもらいます。
「イクボス企業同盟」にファミリーマートが昨年末に加盟し、調印式を行いましたが、澤田社長が「俺も“激ボス”だったなあ」なんて言っていましたね。私は、「他社はもう改革をはじめてますよ。『コンビニの企業で働くならファミマがいい』って思わせないと、もう人は採れませんよ」と発破をかけさせてもらいました。(笑)
入れます。たとえば、イクボスがやるべきこととして、「意識改革」「業務改善」「自身のワークライフバランス」の大きく3つがあり、5、6人でグループになって、どうすればこの3つを実現できるかというアイデア出しをしてもらう。オープンセミナーの場合などは、グループの人々は会社もバラバラなので自社にない制度が出てくることもあり、それを学び合う形になります。
そして最後に、「私のイクボスアクション宣言」というものを書いてもらうんです。「もっと部下のプライベートを把握する」「自分の考え方やかつての働き方を押し付けない」「若者たちの多様な価値観を認めたい」「自分自身も休暇を取る」「地域の活動をしてみる」……など、今後の目標となるポジティブなアクションを表明してもらいます。
きちんと取り組んでいる企業では、その「アクション宣言」を回収し、その後、実際に実現しているかどうかを人事考課に入れています。部下を本気にさせるならそこまでしなければ意味がありませんからね。
FJには、「女性活躍」「男性育休」「介護」などテーマごとに男女の講師が豊富にいるので、企業のニーズや予算に合わせて色々と組み合わせカスタマイズすることが可能です。たとえば、FJ理事でワークライフコンサルタントの塚越と私がタッグを組んで「イクボス」「ワークライフバランス」のプログラムを行う、といったことも可能です。
イクボスは都市部が中心ですね。地方ではまだ「イクメン」の依頼も多いです。
最近のヒット企画は、「女性活躍」をテーマにした「夫婦同伴セミナー」。ある企業の育休復帰予定の女性とそのパートナー(夫)に一緒に参加してもらうというものです。夫は社外の人でも構わず、土日に行います。
最初は、男女に分けてセミナーを展開していきます。男性には、イクメンの心得、ワークライフバランスのやり方とその効果を教え、「君がこうすれば、ママがこんなに活躍できるよ」「女性も大卒で定年まで働けば2億5000万円稼いでくれるんだよ」などと数字も見せて、夫婦協働で仕事も育児もやる“ハイブリッド型”を提案します。
女性には、復帰後のキャリアアップや上司へのコミュニケーション、夫をどう育てるかといったテーマで、女性の講師がお話しをします。
そして最後に、男女が一緒になって、お互いの意識を擦り合わせる作業に入るんです。保育園がはじまる一日のタイムスケジュールをそれぞれ想定して書いてもらうと、パパとママの書く内容がまったく違う。そこでちょっとしたイザコザが起こるわけですが(笑)、そこから2人で相談して最適化を図る、といったワークを行います。
私の最終的な目的は、「FJを解散すること」。イクメンやイクボスが当たり前の社会になれば、もうFJは要りませんよね。前述のカナダのNPOもすでに解散しているようです。
ですが、まだまだそうはならないのが現状。日本における父親の育児に関しては、まだまだ一歩一歩で、やっと缶詰のフタが3分の1開いたぐらいだと思っています。
これから当面はやっぱり「イクボス」育成に力を入れていくつもりです。きちんと国の政策とリンクさせて、「長時間労働の是正」と「男性の育休推進」、この2本柱を推進していきたいですね。
それから、定年後の男性のセカンドキャリアとして、地域参加や子育て支援などの活動も薦める「イクジイ」プロジェクトも進めていきたいと思っています。これからはお金の資産だけではなく、家族、地域とのつながりといった「関係資産」を増やすことが大切。前編でお話しした老後のサードプレイスにつながるものです。
たとえ自分の孫がいなくても、地域の学童クラブなどで子どもにベーゴマや竹馬なんかを教えたりして間接的に次世代育成することで、“地域のイクジイ”になれますよと。高齢者が生きがいを持つということは健康にいい。医療費の削減にもなるんですよ。
それらの目標がある程度、達成した後のことは、まだわかりませんね。次の10年の中で見えてくるだろうなという気がしています。
――今後のFJと安藤さんの活動にますます期待しています。本日はありがとうございました。
1962年東京都生まれ。妻と長女(97年生)、長男(2000年生)、次男(08年生)の5人家族のパパ。
明治大学卒業後、出版社、書店、IT企業など9回の転職を経て、06年パパの育児支援を行うNPO法人ファザーリング・ジャパンを設立、代表就任。企業・一般向けのパパセミナー、絵本の出張読み聞かせ活動「パパ’s絵本プロジェクト」などで全国を飛び回る。
娘と息子の通った保育園、学童保育クラブの父母会長、公立小学校のPTA会長を務めた。現在、厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進チーム座長、内閣府・男女共同参画推進連携会議委員、子育て応援とうきょう会議実行委員、にっぽん子育て応援団団長などを務める。
著書に『パパの極意』(NHK出版)、『パパの危機管理ハンドブック』(ホーム社)、共著に『絵本であそぼ!』(小学館)などがある。新聞・雑誌への連載・寄稿、テレビ・ラジオ出演多数。