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2018.05.24

プノンペンで仕事をしながら、
400年前の日本町に想いを馳せる

豊田圭一氏
株式会社スパイスアップ・ジャパン代表取締役

カンボジアのプノンペンと聞いて、どのような都市を想像するでしょうか?

 私の会社ではアジア新興国で実施する海外研修をメイン事業としており、私自身も研修ファシリテーターとして1年の半分近くを海外で過ごしています。アウェイな環境でも主体的に行動できる人材を育成することを目的にした「ミッション: グローバル」という研修で、受講生たちには現地のリアルなビジネス課題が与えられ、限られた時間内に成果を出すことが求められます。

 カンボジアの首都プノンペンでも毎年何回か研修を実施しているのですが、この国は過去10年間の経済成長率が7%と飛躍的な経済成長を遂げ、多くの日系企業も進出していますし、街の中心にはイオンモールもあるほか、オシャレなカフェがたくさんあるのです。私もよくカフェに行きますが、その中にいると「一体、自分はどこの国にいるのだろう?」と思ってしまうほど。
とは言え、まだまだ日本の40〜50年前の経済状況でもあるので、社会インフラは整備されておらず、交通渋滞は激しく、英語も通じにくいなど、日本から訪れるとアウェイ感は満載です。

 ほとんど全ての受講生にとって、プノンペンは初めて訪れる場所。それにも関わらず、到着したと同時にいきなり仕事に近いミッション(課題)が与えられるため、「(自分は)環境に適応できるのか?」「体調を壊さないだろうか?」「治安は大丈夫だろうか?」「ビジネス課題に対して成果が出せるか?」といった様々な不安を抱えながら研修が始まります。

自分たちが普段いる世界とは全く違う世界にやってくると、最初は不安を感じるものです。

 「異文化」と一言でまとめてしまうこともできますが、異なる人種、異なる言語、異なる歴史、異なる商習慣、異なる常識、異なる考え方など、環境がガラリと変わります。

 しかし、面白いもので、2〜3日経つにつれ、彼らはその環境に慣れてきます。確かに日本とは違う世界かもしれませんが、日本人だってカンボジア人だって同じ人間同士!言葉は通じにくくても笑顔は通じますし、異国の地で課された仕事だって「なんだ、やってみたらできたじゃないか?」となるわけです。たったの数日の経験値なのに・・。

 人間は適応能力のある生き物です。環境が変わることは不安だけど、変わってみたらなんとか適応してしまう。それが人間です。「住めば都」という言葉もありますが、行く前は「いやだなー」と思っていても、住んでみたら意外といいじゃないか!となるわけです。

ここで重要なことは「やってみる」ということです。

 やってみたら、こうだった(こうなった)となって、その経験が自信に繋がります。逆に言うと、経験をしないことには自信がつかないだけでなく、いつまでもその不安は解消されません。いや、それどころか、長い間自分にとって快適な世界だけに生きていたら、不安は増大していくのです。

 私は15年以上、留学コンサルタントとして仕事をしてきましたが、例えば、アメリカの大学を卒業した方であっても、10年間くらい英語を使っていないと、「○○さん、アメリカの大学に留学していましたから、英語は大丈夫ですよね?」と聞いても、「いや、もう10年以上使っていないのでダメです。日常会話ならなんとかできると思いますが、仕事では、、、自信がありません。」などとおっしゃるのです。

 でも、実際やってもらうとふつうにできたりしますから不思議なものです。やってみたらできるのに、やっていないからできない気になってしまう。こういうこと、ありませんか?

プノンペンの日本町の人たちはどんな思いや覚悟でやってきたんだろう?

 そんなことを考えながら思うのは、400年前の当時、ここプノンペンの日本町(にほんまち)に住んでいた人たちはどんな思いや覚悟でやってきたんだろうか?ということ。

 16~17世紀、江戸時代の初期に徳川家康の貿易奨励策の下に展開された朱印船貿易によって、東南アジア各地にやってきた日本人たちが住んでいた町のことです。最盛時には、フィリピンのマニラに3000人,タイのアユタヤに1500人もの日本人が住んでいたそうです。そして、それ以外にもカンボジア(プノンペン)や中部ベトナムに日本町がありました。

 今から400年も昔に、命懸けで大海原を乗り越え、何千人もの日本人が東南アジアの各地で町をつくっていたことには驚きを隠せません。それこそ、パスポートなんてありませんし、船で行くにしても無事に辿りづけるかどうかの保証なんて一切ありません。言葉だって、果たして何語なんでしょうか?

 おそらく、彼らの不安は今私たちが感じている不安よりも何百倍も大きいものだったに違いありません。だって、彼らはもしかしたら2度とふるさとの地を踏めないかもしれないという気持ちで日本を飛び出したと思いますから。それに比べて、現代の私たちがプノンペンに来るときにそんなことを考えることは絶対にありません。命懸けどころか、たった6時間で東京からプノンペンに行けるのです。

もっと積極的に世界に飛び出してもいいのではないでしょうか。

 それなのに、異なる環境に飛び出すことが不安だなんてすごくもったいないと思いませんか?いつも海外で研修を実施しながら感じていることですが、不安な顔でやってきた受講生たちが、たった数日の経験で「なんだ、やってみたらできたじゃないか!」となるのですから。

 今や、飛行機でひとっ飛びで世界のあちこちに行け、しかも、そう簡単に死ぬわけじゃない。そんな現代に生きている私たちであれば、もっと積極的に世界に飛び出してもいいのではないでしょうか。

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