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2019.12.09

「合理的」が通用しない世の中で、それでも「合理的な答え」を必要とする理由。

深沢真太郎氏
ビジネス数学教育家

インフルエンサーの発言や新しいビジネス書を見ていると、
「合理的に導いた答え」が通用しない世の中になったと、感じ取ることができる。

合理的に導いた答えではなく、もっとヴィジョンやハートといったものを原動力にして導いた答えが重要になる。
論理の時代から、想いや直感の時代。そんな流れが確実にきている。

なぜそうなっているのか。
私は「それ」の専門家ではないが、私見を述べるならこうなる。

法則の通りにならないことが増えた。
 
 
例えばかつてはビジネスパーソンの幸せには法則があった。

いい会社に入って、組織の中でうまく立ち回る術を身につけ、
定年まで働き続ければ、華々しいゴール。
これが多くのビジネスパーソンの「成功」だった。

しかし今はそんな成功法則はない。

Aをやって、Bをやって、Cをやれば、Dが得られる。
そんな法則はどこにもない。

言ってしまえば、なんでもありである。

 
 
かつてはビジネスにおける管理職の仕事には「こういうもの」があった。
それをすれば、多くの部下はついてきたし、組織は成立した。

しかし今はそうではない。
マネジメントスキルとは、そんな単純なものではなくなった。

言ってしまえば、なんでもありである。
法則の通りにならないことばかり。
というか、もはや法則なんてない。

そんな時代に、合理的に考えて導いた答えにいったいどんな価値が?

だったら、想いや直感を原動力にして答えを出し、人間らしく行動していけばいいではないか。
どうせ合理的な法則の通りにはならないのだから。
そういうことだ。
 
 
さあ、困った。
 
 
私のビジネス数学は論理と数字が主役である。
それを使って考えることはまさに合理的な思考と言える。
ビジネス数学は、合理的な仕事術でもあるのだ。
しかし、その合理的であることの価値が下がってきている。
シンプルに考えれば、ビジネス数学の価値も下がってくることになる。
 
 
さて、私はどう考えているかという話。
 
 
結論を言えばこうなる。
 
価値が下がるということはない。
役割が変わるだけである。
人間は「合理的に導いた答え」を、今よりも直感的に使う。

 
 
どういうことか。

今までは「合理的に導いた答え」がそのまま正解になった。
しかしこれからは「合理的に導いた答え」が仮の答えになる。
あくまで理論上の正解だ。

そして人間はその理論上の正解に対して感情で向き合う。
その仮の正解が自分にしっくりくるか。
自分のヴィジョンとの齟齬がないか。
自分がその答えを選択して楽しいか。

YESであれば、そのままそれが真の正解となる。
NOであれば、それ以外の何かが真の正解となる。

つまり「合理的に導いた答え」とは、
意思決定という行為において最後に人間が自分自身に問うための素材になる。
 
 
具体例。

起業して成功する確率が3%だとする。
従来なら、合理的に考え、法則に従い、やめたほうがいいとなる。

しかし、これからはそういう意思決定ではなくなる。
そんな法則に意味はないからだ。

起業して成功する確率が3%だとする。
で、人間は自分に問う。
「だからお前は起業しない。そういうことでいいか?」と。
YESであれば、そのままそれが真の正解となる。
NOであれば、それ以外の何かが真の正解となる。
もしNOならば、その起業したいという感情はおそらく本物。
起業することを選んだほうがいい。
成功確率3%でもやりたいと思うその感情は、
きっと成功要因になるだろう。
 
 
数字が「左に行け」と示している。
合理的な答えは「左」だ。
しかし、心が拒否している。
ああ、自分は本当は「右」に行きたいんだなと確信する。
「左」という合理的な答えがあることでそれが確かめられた。
「左に行け」という数字があったから、「右に行く」という答えを出せた。
 
 
合理的であることの価値が下がるということはない。
役割が変わるだけである。
仮の答えを作るために、合理的であることは使われる。
そして人間は「合理的に導いた答え」を直感的に捉え、
最終的な答えを作る。
仮の答えがあなたを真の答えに導いてくれる。

だから、未来にもビジネス数学には役割がある。

(引用)深沢真太郎オフィシャルブログより
http://business-mathematics.com/blog/

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